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2018年度 演奏グループINKANAN メンバー紹介

いよいよ新しい年度を迎える時期になりました。
いつもアンデスの風のHP・BRGにアクセス頂きありがとうございます。
新しい年度を迎えるに当たり、演奏グループ「インカニャン」のメンバーについてお知らせいたします。
昨年のメンバーの中から2名を入れ替えました。
*二人を入れ替えた狙いは、
①ボーカルのレベルを向上させること。
  メインボーカリスト、セカンドボーカリスト、併せてコーラスの質(レベル)をより高めることに重点を置いた
  交代です。
②弦楽器(チャランゴとギター)の演奏技術をアップさせること。
③インカニャンの容姿、4名のステージ上でのバランスがとれる布陣である事。
④健康状態に問題がない事。人間性が良好、アルコールの過度の摂取者でないこ。
  麻薬のキャリアでない事(特にマリファナ、コカインの吸煙者)。 自国において犯罪歴がない事。
⑤アンデスの風支援基金の目的を十分に理解し、演奏活動を通じて最大限の協力を惜しまない人間である事。

2018年度「インカニャン」の新メンバーは次の通りです。(2名の交代です)
・JOSE CARLOS  (ケーナ、サンポ―ニャ)
・TOMAS ALVARES (ボンボ、パーカッション 、ケーナ、サンポ―ニャ)
・RIOS ROZNEL   (メインボーカリスト、チャランゴ、ギター、ケーナサンポーニャ)
・LUIS GONZAIES  (セカンドボーカリスト、ギター、ケーナ、サンポ―ニャ)

2018年度 演奏グループINKANAN メンバー紹介_b0076801_157566.jpg


以上の基準で決定しました。特に2018年、2019年はアンデス支援基金にとってはとても大事な年になります。これまでの集大成を考えた布陣で選考したものです。
特にメインボーカリストのsr,TEO RIOS君のボーカルには日本人のほとんどの人が聞き惚れると思います。
楽しみにしてください。
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2018年3月30日(金) (有)アンデスの風・アンデス支援基金  山崎和幸
by yamasaki0903 | 2018-03-30 15:01 | アンデスの風からの最新情報 | Comments(0)

インカ帝国について その③

南北アメリカがヨーロッパ人によって発見され、その後、植民地化して行く過程において南米大陸で栄華を極めていたインカ帝国が、ヨーロッパの冒険家たちに発見され大きな衝突が起きるのは歴史の流れにおいて必然の事であった。
アメリカ大陸に到達したヨーロッパ人、特にイベリア半島の国、ポルトガル人とスペイン人は南アメリカ大陸へと侵攻して行くのであるが、何故、新大陸の発見に繫がったのかを、もう一度ハッキリと押さえておいた方が理解しやすいし、関連付けた歴史の流れの中で南米を理解することが出来ると思います。
南米大陸でインカ帝国が起こりその力を拡大していく11.12世紀から16世紀にかけてのヨーロッパの動きはどうだったのであろうか?
まず、【十字軍】について簡単に触れてみたいと思います。ラテン語でCRUSIATAと言う言葉を十字軍と訳しています。これは中世ヨーロッパにおいてカトリック教会の諸国が、聖地エルサレムをイスラム諸国から奪還することを目的に派遣した遠征軍の事を言います。
11世紀の終わりころ東ローマ帝国はトルコ人(イスラム教徒)のセルジューク朝の圧迫に苦しんでおり、何とか解放されたいとイスラム教徒支配下の都市を攻略しながら聖都エルサレムを目指していた。この戦いで活躍するのが十字軍と呼ばれたキリスト教徒だった。
キリスト教徒とイスラム教徒の遺恨、戦いは現在の社会においても続いている事は皆さんもご承知の通りです。
十字軍の台頭によりギリシャ、ローマの各都市はキリスト教による支配が続くことになり、神を絶対視し人間を罪深いものとするローマ教皇の思想が重んじられることになる。
しかし、14世紀から16世紀にかけて絶対的な神の抑圧から豊かな人間性に満ちた人間中心主義の文化を復活させようと動きがイタリアを中心に起こり、ヨーロッパ各地に広がっていく。中世ヨーロッパの教会を中心とした思想からギリシャ、ローマの古典文化を復興させようと言う精神的文化が起こってくる。これがルネサンス【文芸復興】と呼ばれ、文芸のみならず、神の教えに対する疑問や反発が様々な分野で生まれてくる。
世界の動きは全てギリシャ、ローマを中心として動いているという考えが絶対であった。
ポーランド人コペルニクスの名前を知る人は多いと思います。天体観測に基づいてそれまでの宇宙の動きが地球中心に回っている(天動説)ではなく、地球は自らも回りながら(自転)太陽の周りを年に1度の周期で回転している衛星の一つである(地動説)を唱えるのです。
既に15世紀半ばから始まっていたヨーロッパ人によるアフリカ、アジアへの大規模な航海は多くのヨーロッパ人の夢を掻き立てるには十分な新天地であった。彼らの目的は金、銀、コショウなどの香料、染料を略奪するのが目的であったが、表向きにはキリスト教の布教を謳っていた。ポルトガル人で航海者であり探検家のバスコ・ダ・ガマが15世紀中ごろにアフリカの西側を経由して南端に至り喜望峰を経てインドのカルカッタに至る航路を発見するのもその中の一つである。ヨーロッパ人を新天地に駆り立てる考えはどのような知識、考えによるところだったのだろうか? それは、イタリア人で当時ベネチアの商人であったMarco・polo が数回に亘り、中央アジア、中国への旅の中で様々な見聞した事をまとめた「東方見聞録」であり、その中で東洋の東の端にあるジパングと呼ばれる島(ニッポン)が、黄金の屋根葺きで覆われ壁や全ての建物が黄金で輝いている国であるとの記述をしたことが、後々、大航海時代の野望も持った荒くれ者の探検家たちを駆り立ててジバングへと向かわせるのである。
アメリカ大陸を発見したとして歴史上の人物になったコロンブスが、現在の中米カリブ海の、ある島を発見したのが西暦1492年であった。この発見は従来ヨーロッパ人の航海者たちは、全て西アフリカを経由して南端の喜望峰を超えインド洋に入り東へと向かうのが一般的であったが、地動説が唱えられるようになると、東へ向かっても西に向かってもインドやそれ以東の東南アジア、そしてジパング(ニッポン)へ到達することができると思い、大西洋を西に向かって航海をするものが多くなっていた。未知の世界へ航海する時の指針になるものは昔から星の動きと位置関係で航海をしていたが、このころになって画期的な航海術の「羅針盤」が発明されたことも大きく影響をしている。コロンブスのアメリカ大陸発見以降1500年代の初めからスペイン人、ポルトガル人を乗せた帆船が頻繁にアメリカ大陸を目指して航海を行い、そのうちにスペインの根拠地がカリブ海沿岸、パナマ近郊に沢山出来ることになる。
航海で渡ってきた荒くれ者たちは、ほとんどがスペインやポルトガルの王室と関係のある正規軍ではなく、一攫千金目的の欲望の塊の人間たちで、これらの者たちを集めた私兵の連中であった。新大陸に到達した私兵たちは、金銀財宝の略奪を行って行くのであるが、彼らの事を総まとめにして征服者(コンキスタドール)と呼ばれるようになった。
1500年以降、中南米では多くの略奪、殺戮が行われていくのであるが、この時期の南米大陸でもっとも広大に繁栄していたインカ帝国の状況はどうであったのかについて、次回から南米アンデスに話を戻していきたいと思います。
インカ帝国について その③_b0076801_17144999.jpg

by yamasaki0903 | 2018-03-04 17:15 | HP.ブログの読者のページ | Comments(0)

インカ帝国の皇帝について  その②

インカ帝国の皇帝について  その②_b0076801_17163295.jpg
インカ帝国8代目皇帝⦅ビラコチャ⦆の跡を継いだ第9代目皇帝「パチャクチ」(地震のように大改革を行う賢いインカと言う意味)は、インカ帝国の礎を確立した父よりも有能で帝国主義に燃えた意欲を持っていた。
パチャクチは即位すると同時に荒廃しかかっていた都のクスコを徹底的に再建する仕事に取り掛かった。
先ず着手したことはインカ帝国始祖と言われるマンコ・カパックが最初に宮殿を立てたと言われる黄金の囲い(コリカンチャ)に太陽の神殿を建てた。そして、そこに7代に亘る祖先のミイラを安置して、最高の僧侶に守護を命じたのであった。
パチャクチは近隣の集団をインカの基に置くために、インカの住民の力を組織しようと試みた。しかし、この試みは住民には理解されず、しばしば攻撃されることになる。それでもパチャクチの軍隊はクスコから遠く離れた敵と戦って勝利をおさめ自信を持つようになる。打ち負かした仇敵に対しては彼は決して寛大ではなかった。子供や老女を除いて全部族の住民を殺したとクロニスタは記述している。
戦いを続けながらパチャクチの目は、クスコ周辺から遥か北方に向けられていた。幾多の争いに勝利しながらインカ帝国はその支配地域を広げて行くのである。現在のペルーの北隣の国エクアドルの首都が置かれているキトーの征服を試みるのだが、キトー人は誇り高き人たちであったために、長い激しい戦いが続くことになった。キトー陥落後に残った国は最も古い強大な国を築き上げたチムー帝国であった。しかし長く続いて繁栄を極めていたチムー帝国も平和慣れして頽廃期にあったために、勢いを増し領土を拡張し続けていたインカの前には歯が立たなかった。戦は長引かなかった。チムーの皇帝は死守つもりでいたが重臣たちは望みがない事を察して皇帝と共にインカの軍門に下りチムー帝国は崩壊することになる。
北部のエクアドルに栄えたチムー帝国を滅ぼした後は、インカの軍勢の主体は南のナスカとその南方に向けられることになる。
ナスカ近郊の部族も征服してパチャクチの北方と南方に亘るインカ帝国の拡張は一通り確立される。
戦果に明け暮れたパチャクチも33年の間皇帝にとどまり、もはや年老いてしまった。
1471年皇帝の座を息子の「トパ・インカ」に譲ることになる。そして数年後パチャクチは死んでいくのであるが、33年の在位期間にインカ帝国の支配地域(面積)は何と約1000倍に拡張していた。
10代目皇帝⦅トパ・インカ⦆そして11代目皇帝『ワイナ・カパック』と拡大したインカ帝国は、南米で最も広大な面積と強力な軍隊を持った帝国主義的独裁国家として君臨をしていく。そして、時はすでに16世紀へと流れていた。15世紀の終わりの頃1492年、大航海時代、大西洋を西に向かって航海していた一艘のポルトガル船が、カリブ海沿岸のある島にたどり着くのであるが、乗組員全ての者はそこが新天地の南北アメリカ大陸に続く島であることを誰しもが知らなかった。
次回は新大陸発見につながる大航海時代に至るまでのヨーロッパの歴史について少しばかり触れてみたいと思います。
by yamasaki0903 | 2018-03-01 18:06 | HP.ブログの読者のページ | Comments(0)


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