BUSCANDO FELICIDAD【幸せを求めて】・En el mundo oscilante(揺れ動く世界の中で)

スキー&スノーボード2004-2005

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7/24(12日目)

ペルー南部のアレキーパから夕方リマに戻ってきました。アンデスの標高が3000mを超える所を旅してきた私達は、久しぶりに平地の空気を吸っていつもの体の調子を取り戻していることでしょう。しかしリマ市内は異常なほどに増えすぎた人口と排気ガス規制の無い車社会の中にあって、かえって環境は都市のほうが悪いのかもしれません。リマに戻ってくるといつも感じることは、空気のにおいがコールタールの混ざったような感じがすることです。太平洋に面して冬でも極端に気温が下がるわけでもないので本来は、環境は良くなければならないのにそうではないところに南米の都市が抱える問題があります。
夜はホテルの近くの日本レストランにでも行って南米で食べる日本料理に舌鼓を打ちましょう。
明日葉最後の滞在になりますが、希望者はナスカの地上絵で有名なイカ県迄行きましょう。
日帰りになりますから少し急スケジュールになるかもしれません。
無理をされない方は1日ゆっくりとリマの見物と買い物に時間を使ってください。
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by yamasaki0903 | 2006-07-26 23:35 | Comments(0)

7/23(11日目)

早朝5時にバスでアレキーパのホテルを出発します。北東の方角になりますがアンデス山脈の深い渓谷です。午前中のなるべく早い時間帯でないとコンドルの飛ぶところは見れません。
その理由はコンドルが翼を広げると3mから5mもある、とても大きな鳥だからです。明け方は大地に降りた水蒸気が太陽の熱で蒸発しますからそれに従って上昇気流が発生します。この上昇気流を利用してコンドルはアンデスの空高く舞い上がり上空から獲物を探すのです。
時には羊やリャマ、アルパカなどの大きな家畜を襲うこともあります。
途中の道は舗装が途切れアンデスのほこりが舞い上がる最悪の道になります。それでもコンドルを見るためにカルカ渓谷には多くの人たちが訪れます。
9時前にはカルカ渓谷の谷に到着します。上空を見上げるともうすでに悠然と大きな輪を作りながら飛んでいるコンドルがたくさん見えます。ほとんど岩場の住処から滑空して上空に舞い上がります。えさを撮る瞬間はなかなか見ることが出来ませんがコンドルの飛ぶ姿だけでもアンデスに来た意味があります。
昼前には再びアレキーパに戻らなければなりません。午後の便で首都のリマに帰ることになっています。
アレキーパ空港は街から30分はなれた高台にあります。360度の景観が効くとても美しい場所です。男性っぽい険しい山頂の姿を見せるチャチャニー山、長いスロープがとても美しいミスティー山、そして白い大地。思い出に残るアンデスの魅力をいっぱい持ったペルー南部の町。それがアレキーパの街です。
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by yamasaki0903 | 2006-07-26 00:00 | Comments(0)

7/22(10日目)

チチカカ湖畔の町プーノからアレキーパまでは約4時間の列車の旅でした。3800mから2400mまで1400mの高度さを降りてくるのはとても体にとってはいいことでした。常に体がだるかった人や、頭の痛みがどうしても取れなかった人の中でいつの間にか症状が消えていた人もいたことだと思います。
アレキーパはペルーの中では首都のリマに次いで2番目に人口の多い街です。
町全体が白い石でできた町のようでとても美しい町と昔から言われています。このようなことから『シウダ・ブランカ』白い都市と呼ばれているのです。
まちを囲むように三方が其々独特の形をした美しい山がそびえています。その中で最も美しい山は富士山の形をした『ミスティ』とよばてている霊峰です。
標高5800mはあると言うのにそんなに高くにはどうしても見えません。高度に対して私達はかなり鈍くなっているのかもしれません。それもそのはず今私達がいるところが2400mの高地なのですから。
アレキーパの土産で最もおいしいのはチョコレートです。ここにきたらチョコレートを食べずに帰ると笑われます。それほどおいしいです。
平成7年8月にアレキーパの郊外でミスティの麓に学校を建設しました。今どうなっているか関心のある方は案内します。
それ以外の方は夕方まで十分時間がありますから街の中を散策するのもいいでしょう。出来れば、おおきなメルカド(市場)がありますから道を聞きながら行ってみるといいですね。
夜はホテルの近くのレストランでこの地方の有名な料理で川えびの入ったスープ[チュぺ
デ・カマロン]を食べることにしましょう。
そして明日の朝早く車でカルカ渓谷まで行きます。今ではあまり見れなくなったコンドルを見に行くのです。
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by yamasaki0903 | 2006-07-24 23:19 | Comments(0)

7/21(9日目)

チチカカ湖畔プーノは3800mの高地ですから皆さんの中には夜中中頭の芯が痛くて十分に睡眠を取れなかった方もいることでしょう。
クスコが標高3300mでやっと高地にも体が慣れてきたところだったのに、その上500mも高いプーノでの一泊でしたから体にはだいぶん無理をさせているのかもしれません。
酸素の濃度は平地の60%くらいでしょう。今日午前中チチカカ湖に浮かぶ葦の島ウロス島に渡ってそこで暮らす数家族の人たちと会ってきたいと思います。
湖に生える葦を刈り取り幾重にも重ねながら浮島の住居を作っています。湖の中に浮かぶ島は陸地よりも昼間と夜の気温差がそれほどありません。特に夜の気温の下がり方が丘よりも小さくてすごしやすいのです。
チチカカ湖は隣の国ボリビアとの国境にもなっておりアンデスを旅する人はこの大きな湖を渡って往き来をします。
またここに住む人は同じ先住民族でもペルーアンデスのケチュア族と違ってボリビアに多いアイマラ族です。言葉も文化もまったく異なった先住民族でチチカカ湖近辺からボリビアに行くにしたがって昔からの伝統が色濃く残っています。次回来る機会があればぜひチチカカ湖から南へと旅をするといいと思います。
南米最南端のマゼラン海峡までボリビア、チリ、アルゼンチンを経由してもまだ3000kmはあるでしょう。私達と同じ先祖を持つ南米の先住民の人々は2万年かけてここを通り南へ、南へと移動して行ったのです。
このような歴史をしのびながらアンデスを旅行するのも楽しみの一つです。
私達は、今日これからアンデスを少し西へ向けて列車で走り2300mの南部の都市アレキーパ
に行くことにします。
強い紫外線で皆さんの顔もだいぶんかさかさになっているのではないでしょうか。
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by yamasaki0903 | 2006-07-23 00:05 | Comments(0)

7/20(8日目)

一昨日マチュピチュに行くときに使ったクスコ駅から、約8時間かけてボリビアとの国境にもなっている3800mの高地にあるチチカカ湖の湖畔の町プーノへ向けて旅を続けます。
マチュピチュへ向かったときとはまったく反対方向の南へ向かう列車がチチカカ湖の湖畔の町プーノ行きの列車です。
途中世界一高い所にある駅4200mの高い所も通っていくために旅行客用に酸素ボンベも備えてあります。
アンデスの地域でも4000mを超えるさすがに体の動きが鈍ってきます。平坦な川沿いを進んでいく列車のたびですが始めてみるアンデスの風景はいろんな顔を見せてくれます。
途中3時間ほど走った所にはさらにアンデスの山に向かう町があって、昨年学校建設をしたウチュジュク村に向かう登山口ピツマルカがあります。
20年前まではここら当たりでも朝になるとコンドルがたくさん飛んでいたということですが今ではその雄大な光景を見ることは出来ません。フォルクローレ演奏グループ『ワイリ』のメンバーの一人ホセ・アルケ・ソタ君の故郷はこの近くです。
『コンドルは飛んでいく』の作曲者もこの地区の出身者です。ここから1時間走るとクスコとプーノ間では最も大きな町であるシクアニ市の駅に到着します。しばらく列車はここの駅で停車をします。列車が止まると線路を我が物顔にたくさんの物売りの人たちがあっという間に窓の外に集まってきては大きな声でアルパカの品物や、民芸品を体いっぱいに抱きながら売り歩きます。列車はこの人たちにとって生活費を稼ぐ一番のいいチャンスなのです。
大人に混じって小学生くらいの子供たちもたくさんいます。かえって子供たちのほうが旅行客からすると安心なのか良く売っています。
15分もするとベルがなって列車はゆっくりと動きまじめます。動き始めてもまだ走りながら買い手を探す人もいるのですが、それを危険だからといって止めようという人は誰一人いません。
自分の安全は自分が守らなければいけないのです。
シクアニからは徐々に列車は高度を上げて行き4000mを越える高地プーナと呼ばれる木々の生えない高原地帯へと入っていきます。アルパカやリャマ、ビクーニャの放牧の光景も遠くに見えたり、氷河を頂く山々が見えたり、まさにアンデス山脈のど真ん中を走っている光景が右左にと見えてきます。
酸素不足で顔全体がほてったような感じで少し水ぶくれしたように思えるかもしれません。眠気と軽い頭痛を感じながら、うつろうつろした時間が続き次第に少しながら下り勾配を走るようになったなと感じていると、間もなくチチカカ湖湖畔のプーノ駅に到着します。
今日の宿泊地はチチカカ湖のほとりプーノです。
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by yamasaki0903 | 2006-07-22 00:33 | Comments(0)

7/19(7日目)

マチュピチュの登山口のアグアス・カリエンテスはその名前の通り温泉の沸く秘境です。
マチュピチュを昨日思う存分に堪能して温泉に浸かってゆっくりと骨休めが出来たと思います。
今日は再びインカ帝国の都だったクスコに戻ります。途中の駅からマイクロバスに乗り換えてアンデスの雄大な自然を見ながら帰ろうとおもいます。
高度がまた1000m近く上がっていきます。途中バスから降りて大自然をバックにアンデスの大地を踏みしめながら思い出の写真をたくさん撮ってください。そして夕方クスコに戻って有名なレストランで生のフォルクローレの演奏とアンデスの楽しい踊りを見ながらクスコの夜を楽しみましょう。
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by yamasaki0903 | 2006-07-21 12:54 | Comments(0)

ブログにメッセージを書きずらい方へ

「いろいろ聞いてみたいけどブログにメッセージはちょっとね」

とおもっているかたは下記のメールアドレスへ、メールをいただくと返信を送れますので活用し

てください。

ymsk0903@io.ocn.ne.jp
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by yamasaki0903 | 2006-07-21 00:06 | Comments(0)

空中都市マチュピチュ

3時間近く経過してもバゴーン車はウルバンバ川に沿って下っていきます。車窓の風景はアンデスの高い所を下っていた時とは違って、木々が多くなりシダ類や広葉樹の木々が線路にまで覆いかぶさるように多くなってきています。
まもなく終点のアグアスカリエンテスに到着します。ここはすでに高山ではなくアマゾンに通じる亜熱帯の地域です。
徐々にスピードを落としゆっくりと駅のホームに列車は入っていきました。外気は午前中なのに少しむっとするような気温です。
改札口を出て、両脇に観光客用のみやげ物売り場を抜けて中型のバスに乗り込むと満員になたバスから出発していきます。
ウルバンバ川にかかる鉄橋を渡るとすぐに長い上り坂になり何度も右に左にカーブしながらバスは埃だらけの山道を登っていきます。20分も走りかなり山の上まで登ってきたなと思う頃ようやく終点のマチュピチュの登山口に到着しました。
ここからマチュピチュは見えるのだろうかと期待していましたが見えるのかなと期待していましたが残念ながらマチュピチュの姿はまったく見ることが出来ません。
入山のチケットを購入して細い傾斜の山道を歩いていきます。5分位歩いてまだなのだろうかと焦る気持ちが出た途端、右手前方にとんがり帽子に似たマチュピチュの背後にそそり立つワイナピチュの全景が眼前に広がってきます。そしてその前の馬の背に当たる所にマチュピチュの遺跡が張り付いているのです。
何度もテレビや雑誌で見たマチュピチュのあの風景が何の媒体も介さずに自分の目の前に360度の周りの風景とともに飛び込んでくるのです。
世界中の数え切れない観光地の中で、また多くの世界文化遺産の中で、世界中の人々が一度は必ず言ってみたいという最も人気のあるマチュピチュ。それが今皆さんの目の前に悠然と歴史の1日を皆さんと一緒に時を刻んでいるのです。
黙って全景が見える丘でたたずむのもいいでしょうし遺跡の一つ一つを確認しながらガイドの説明を聞くのもいいでしょう。何の説明も無く自分なりにインカの魂に触れるのもいいでしょう。
マチュピチュは其々に何かを問いかけてくれます。                    
マチュピチュの標高は2400m。クスコよりも約900m低い所にあります。ここでは高山病になることはほとんどありません。

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by yamasaki0903 | 2006-07-20 23:36 | Comments(0)

7/18(6日目)

エスタシオン・デ・クスコ(クスコ駅)3番ホームに停車しているバゴーン車はマチュピチュへの登山口で終点でもあるアグアス・カリエンテス行の一番列車です。ロングのコートを身にまとった2人の乗務員のセニョリータが湯気が立ち上るカフェのポットをもって社内サービスに来ます。
同じ車両に乗り合わせた乗客は欧米人が大半です。
定刻より15分遅れてゆったりと列車はホームを出て行きます。出発して直ぐにクスコの盆地を登っていきます。しばらく行くと向きを変えて反対方向に進んでいきます。何度かスイッチバックを繰り返しながらやっと街を見下ろす高台まで上った頃、東側の山の端からアンデスの太陽が顔を出して来ます。
峠を登りきった列車は、一気にスピードを増して山すそを縫うように下って行くのです。
その途中からアンデスの氷河の雪解け水が小さな川になり、次第に水量と川幅も広がって沿線沿いの大きな川となって流れていくのです。
ウルバンバ川はマチュピチュの登山口のアグアスカリエンテスをくだり、まだまだ遠いアマゾンへと流れていきます。
私達が乗った列車は途中3箇所の駅でよそから来た列車を連結しながら3時間かけて一路終点まで走り続けます。
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by yamasaki0903 | 2006-07-19 20:47 | Comments(0)

7/17(5日目)

インカ帝国の都だったクスコは、今でもアンデスの中心地であり、南アメリカで最も有名な観光地で世界中の人が1回は訪れたいと思う空中都市マチュピチュへ行く玄関口でもあります。
先住民の文化が色濃く残るこの都市は、アンデスの各地から大勢の人たちが集まっています。
昔からの民族衣装を身にまとった女達、生まれた地域の帽子をかぶった人たち、背中には大きな風呂敷に物売りの編み物を入れてもくもくと石畳を歩く婦人の姿。いつかテレビで見た光景が今皆さんの目の前にあります。ここがアンデスの中心地クスコなのです。
街の中心地はプラザ・デ・アルマスと呼ばれる教会前の広場です。500年前スペイン人によって滅ぼされたインカ帝国の神殿は、今教会が建っているところにありました。黄金色に光り輝く神殿は朝日を浴びて神秘的な雰囲気を毎朝人々の心に漂わせていました。
今はその当時を髣髴させるものはありませんが路地に入ると一寸の隙間も無い石垣がインカの高度な文明の上に築かれていたことを知ることが出来ます。
ゆっくりとクスコの町を散策してください。本当にゆっくりとです。クスコは坂の多い街です。ちょっと足早に歩くと心臓の鼓動が高鳴ります。
民芸品売り場もいたるところにあります。路上での物売りもたくさんいます。銀細工や、アンデスの音楽に使う楽器も安いものから高いものまでいっぱいあります。見てまわるだけでも楽しい時間がすごせます。
明日は早朝6:30発のバゴーン車(ディーゼル機関車)が牽く列車でマチュピチュに向かいます。
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by yamasaki0903 | 2006-07-19 19:57 | Comments(0)



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