インカ帝国の皇帝について   その①

これまで演奏グループ「インカニャン」のグループ名の由来について説明をしましたが、今日からの2.3ページに亘っては、南米で最も栄えたインカ帝国の皇帝について書いてみたいと思います。
特にインカ帝国を強力にそして広域にわたって勢力を拡張した8代目皇帝《アツン・ツパック・インカ(ビラコチャ)』から11代皇帝『ワイナ・カパック』までの4世代に亘る皇帝について主に記してみましょう。8代目の皇帝《アツン・ツパック・インカ(色白く高貴なインカと言う意味)》は7代目皇帝⦅ヤワル・ワカ⦆の息子の中から選ばれました。
8代目皇帝は後にビラコチャ(創造の神)と言う称号でよばれ、インカ歴代の皇帝の中で最も優れた皇帝の一人であったと言われています。ビラコチャは、インカ帝国で最初の帝国主義者で、言い返れば、インカ以外の土地と人民を恒久的に支配する計画を立てた皇帝であった。ビラコチャが絶対主義の社会構造を確立できた背景には、身内に経験深く有能な参謀を置き適材適所に配置して組織的な征服を図ったことによるところが非常に大きかった。
年代記録者(クロニスタ)の記録によれば、このころのクスコを中心とした諸部族の分布や生活の様子がいくらかわかってくる。経済的、文化的にも帝国主義的な基盤がアンデスの高原地帯に出来上がりつつあった。
それでも、インカと同様に発展を遂げた部族が3,4の集団としてクスコの近隣にも存在していた。
そして、時々インカに対して戦を仕掛けて攻め込んでくるのだが、その都度激しい攻防戦が繰り広げられて
結果としてインカの軍門に下りそれらの部族は消滅してしまうのです。。
このころの戦の方法やどんな武器が使われたのかは私も非常に関心があり、いろんな書物をあさってみると、両軍が100m以内で対峙して、武器は石投げが殆んどであったみたいだ。素手で石を投げあう事もあったようだが、当時の唯一の武器である「オンダ」と呼ばれる投石ロープの先に石を入れる半袋がついており、ロープをぐるぐる回して勢いをつけてタイミングよく袋の中の石を相手の陣地まで飛ばすという戦い方であった。この戦い方がインカ時代まで続いた背景には、南米で起こった文明の中で「鉄」の精錬、製造が一切なされなかったことが要因としてあるみたいです。
鉄でできた武器はスペイン人、ポルトガル人が南米大陸に侵攻するようになってからになります。
8代目皇帝ビラコチャが帝国主義の国家を確立したものの在位期間はそれほど長くなかった。そしてその在位期間が終わりに近づいたころ彼よりももっと有能で帝国主義的意欲に燃えた息子の「パチャクチ」が現れて来るのです。次回はインカ帝国を広大に拡張して行った9代目インカ皇帝「パチャクチ」について触れます。
b0076801_11493798.jpg
b0076801_11525560.jpg

[PR]

by yamasaki0903 | 2018-02-28 11:47 | HP.ブログの読者のページ | Comments(0)