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アンデスの風支援基金では、南米アンデス地方に暮す人々の中で、特に恵まれない環境下にある子供たちを少しでも学校に通学させて、安心して勉強を続けさせることを目標に活動を行っている支援基金です。
安心して学校に行って勉強を続けるとはどうゆうことかと言うと、まず勉強するための学校があり先生がいること。学用品が準備できることが受けての側の条件です。
そのために学校を建設したり学用品をプレゼントしたりしています。学用品は主にノートと鉛筆です。
一方で学校に通う子供の家庭の問題ですが、子供を学校に行かせるための経済的な余裕があるのか無いのかが大きな問題になります。
これまでの支援活動はここの所まで踏み込んだ活動をしていませんでした。ほとんどの支援活動がそうです。
しかし、経済的な問題まで考えた支援活動を進めていかないと、子供たちの置かれている状況は何にも変わらないのです。
学校が出来ても通えない子供はいつまでも通えないのです。
ここの所を、解決して行こうと言うことで開始したのが、新しいプロジェクトのマカ栽培による支援活動です。
2006年9月からマカの種蒔きが始まります。
どうかこの支援活動に賛同していただける方はぜひ参加してもらいたいと思っています。
いろんな形での参加が可能と思います。
これまでの支援基金ページ履歴をもう一度振り返って読んでみてください。
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# by yamasaki0903 | 2006-08-19 15:18 | アンデスの風支援基金のページ | Comments(0)


アンデスの風のホームページ、アドレスは下記のとうりです。
メインページよりアクセスしてください。

http://www.andesunokaze.com/
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# by yamasaki0903 | 2006-08-15 23:36 | Comments(0)

7・25日《13日目》    7・26日《14日目》


ペル滞在最後の日になった13日目は、オプションでナスカの地上絵に行く人、のんびりとリマで買い物や市内の見物をする人とに別れます。
帰国のフライトは、真夜中の0:15分です。この時期はアメリカ行きの飛行機はとても混雑します。遅くても夜9:00までには空港に到着して手続きをしないといけません。
最終日はとてもあわただしい1日になります。

夕方其々の目的地からホテルに帰ってきます。1回のレストランで皆さんと全員で食事をして、ペルー最後のひと時を思い出にしましょう。
ほとんどの方があっという間のペルーの旅だったことでしょう。
アンデスの旅行はもっと日にちがほしいです。スケジュールが許せば3週間あるともっと余裕を持って旅が出来るでしょう。特にアンデスでのいろんなふれあいが出来るでしょう。
しかし1回来ておけば次回はもっと違った旅の仕方が見つかります。また、もう一度どうしても行ってみたいという所がでてきます。
9:00までに空港へ到着するためにそろそろホテルを出ます。
ペルーに到着した日とは反対に町の中心から北へ向かって約30分走ります。
夜中になっても首都のリマは騒々しさが消えません。アメリカや、日本、ヨーロッパの都会の夜とは、また違った喧騒があります。
空港へ到着するまでの道すがらそんな光景を見ながらペルーの国を離れます。

今度は皆さんが是非自分の目で、体で南米の雰囲気を感じ取ってください。
機会があればアンデスの風でツアーを作ることが出来ればいいと思います。
そのときは皆さんも参加してください。今回のバーチャルな旅行とは違った現実のわくわくする旅が待っています。
帰国はアメリカ西海岸サンフランシスコ経由でアラスカの上空を回って日本へ帰ります。
最初の予定では12日間でしたが14日間の旅になってしまいました。
皆さんお疲れ様でした。今度は現実の旅行でお会いしましょう。

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# by yamasaki0903 | 2006-08-05 23:49 | アンデスの風からの最新情報 | Comments(0)

7/24(12日目)

ペルー南部のアレキーパから夕方リマに戻ってきました。アンデスの標高が3000mを超える所を旅してきた私達は、久しぶりに平地の空気を吸っていつもの体の調子を取り戻していることでしょう。しかしリマ市内は異常なほどに増えすぎた人口と排気ガス規制の無い車社会の中にあって、かえって環境は都市のほうが悪いのかもしれません。リマに戻ってくるといつも感じることは、空気のにおいがコールタールの混ざったような感じがすることです。太平洋に面して冬でも極端に気温が下がるわけでもないので本来は、環境は良くなければならないのにそうではないところに南米の都市が抱える問題があります。
夜はホテルの近くの日本レストランにでも行って南米で食べる日本料理に舌鼓を打ちましょう。
明日葉最後の滞在になりますが、希望者はナスカの地上絵で有名なイカ県迄行きましょう。
日帰りになりますから少し急スケジュールになるかもしれません。
無理をされない方は1日ゆっくりとリマの見物と買い物に時間を使ってください。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-26 23:35 | Comments(0)

7/23(11日目)

早朝5時にバスでアレキーパのホテルを出発します。北東の方角になりますがアンデス山脈の深い渓谷です。午前中のなるべく早い時間帯でないとコンドルの飛ぶところは見れません。
その理由はコンドルが翼を広げると3mから5mもある、とても大きな鳥だからです。明け方は大地に降りた水蒸気が太陽の熱で蒸発しますからそれに従って上昇気流が発生します。この上昇気流を利用してコンドルはアンデスの空高く舞い上がり上空から獲物を探すのです。
時には羊やリャマ、アルパカなどの大きな家畜を襲うこともあります。
途中の道は舗装が途切れアンデスのほこりが舞い上がる最悪の道になります。それでもコンドルを見るためにカルカ渓谷には多くの人たちが訪れます。
9時前にはカルカ渓谷の谷に到着します。上空を見上げるともうすでに悠然と大きな輪を作りながら飛んでいるコンドルがたくさん見えます。ほとんど岩場の住処から滑空して上空に舞い上がります。えさを撮る瞬間はなかなか見ることが出来ませんがコンドルの飛ぶ姿だけでもアンデスに来た意味があります。
昼前には再びアレキーパに戻らなければなりません。午後の便で首都のリマに帰ることになっています。
アレキーパ空港は街から30分はなれた高台にあります。360度の景観が効くとても美しい場所です。男性っぽい険しい山頂の姿を見せるチャチャニー山、長いスロープがとても美しいミスティー山、そして白い大地。思い出に残るアンデスの魅力をいっぱい持ったペルー南部の町。それがアレキーパの街です。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-26 00:00 | Comments(0)

7/22(10日目)

チチカカ湖畔の町プーノからアレキーパまでは約4時間の列車の旅でした。3800mから2400mまで1400mの高度さを降りてくるのはとても体にとってはいいことでした。常に体がだるかった人や、頭の痛みがどうしても取れなかった人の中でいつの間にか症状が消えていた人もいたことだと思います。
アレキーパはペルーの中では首都のリマに次いで2番目に人口の多い街です。
町全体が白い石でできた町のようでとても美しい町と昔から言われています。このようなことから『シウダ・ブランカ』白い都市と呼ばれているのです。
まちを囲むように三方が其々独特の形をした美しい山がそびえています。その中で最も美しい山は富士山の形をした『ミスティ』とよばてている霊峰です。
標高5800mはあると言うのにそんなに高くにはどうしても見えません。高度に対して私達はかなり鈍くなっているのかもしれません。それもそのはず今私達がいるところが2400mの高地なのですから。
アレキーパの土産で最もおいしいのはチョコレートです。ここにきたらチョコレートを食べずに帰ると笑われます。それほどおいしいです。
平成7年8月にアレキーパの郊外でミスティの麓に学校を建設しました。今どうなっているか関心のある方は案内します。
それ以外の方は夕方まで十分時間がありますから街の中を散策するのもいいでしょう。出来れば、おおきなメルカド(市場)がありますから道を聞きながら行ってみるといいですね。
夜はホテルの近くのレストランでこの地方の有名な料理で川えびの入ったスープ[チュぺ
デ・カマロン]を食べることにしましょう。
そして明日の朝早く車でカルカ渓谷まで行きます。今ではあまり見れなくなったコンドルを見に行くのです。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-24 23:19 | Comments(0)

7/21(9日目)

チチカカ湖畔プーノは3800mの高地ですから皆さんの中には夜中中頭の芯が痛くて十分に睡眠を取れなかった方もいることでしょう。
クスコが標高3300mでやっと高地にも体が慣れてきたところだったのに、その上500mも高いプーノでの一泊でしたから体にはだいぶん無理をさせているのかもしれません。
酸素の濃度は平地の60%くらいでしょう。今日午前中チチカカ湖に浮かぶ葦の島ウロス島に渡ってそこで暮らす数家族の人たちと会ってきたいと思います。
湖に生える葦を刈り取り幾重にも重ねながら浮島の住居を作っています。湖の中に浮かぶ島は陸地よりも昼間と夜の気温差がそれほどありません。特に夜の気温の下がり方が丘よりも小さくてすごしやすいのです。
チチカカ湖は隣の国ボリビアとの国境にもなっておりアンデスを旅する人はこの大きな湖を渡って往き来をします。
またここに住む人は同じ先住民族でもペルーアンデスのケチュア族と違ってボリビアに多いアイマラ族です。言葉も文化もまったく異なった先住民族でチチカカ湖近辺からボリビアに行くにしたがって昔からの伝統が色濃く残っています。次回来る機会があればぜひチチカカ湖から南へと旅をするといいと思います。
南米最南端のマゼラン海峡までボリビア、チリ、アルゼンチンを経由してもまだ3000kmはあるでしょう。私達と同じ先祖を持つ南米の先住民の人々は2万年かけてここを通り南へ、南へと移動して行ったのです。
このような歴史をしのびながらアンデスを旅行するのも楽しみの一つです。
私達は、今日これからアンデスを少し西へ向けて列車で走り2300mの南部の都市アレキーパ
に行くことにします。
強い紫外線で皆さんの顔もだいぶんかさかさになっているのではないでしょうか。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-23 00:05 | Comments(0)

7/20(8日目)

一昨日マチュピチュに行くときに使ったクスコ駅から、約8時間かけてボリビアとの国境にもなっている3800mの高地にあるチチカカ湖の湖畔の町プーノへ向けて旅を続けます。
マチュピチュへ向かったときとはまったく反対方向の南へ向かう列車がチチカカ湖の湖畔の町プーノ行きの列車です。
途中世界一高い所にある駅4200mの高い所も通っていくために旅行客用に酸素ボンベも備えてあります。
アンデスの地域でも4000mを超えるさすがに体の動きが鈍ってきます。平坦な川沿いを進んでいく列車のたびですが始めてみるアンデスの風景はいろんな顔を見せてくれます。
途中3時間ほど走った所にはさらにアンデスの山に向かう町があって、昨年学校建設をしたウチュジュク村に向かう登山口ピツマルカがあります。
20年前まではここら当たりでも朝になるとコンドルがたくさん飛んでいたということですが今ではその雄大な光景を見ることは出来ません。フォルクローレ演奏グループ『ワイリ』のメンバーの一人ホセ・アルケ・ソタ君の故郷はこの近くです。
『コンドルは飛んでいく』の作曲者もこの地区の出身者です。ここから1時間走るとクスコとプーノ間では最も大きな町であるシクアニ市の駅に到着します。しばらく列車はここの駅で停車をします。列車が止まると線路を我が物顔にたくさんの物売りの人たちがあっという間に窓の外に集まってきては大きな声でアルパカの品物や、民芸品を体いっぱいに抱きながら売り歩きます。列車はこの人たちにとって生活費を稼ぐ一番のいいチャンスなのです。
大人に混じって小学生くらいの子供たちもたくさんいます。かえって子供たちのほうが旅行客からすると安心なのか良く売っています。
15分もするとベルがなって列車はゆっくりと動きまじめます。動き始めてもまだ走りながら買い手を探す人もいるのですが、それを危険だからといって止めようという人は誰一人いません。
自分の安全は自分が守らなければいけないのです。
シクアニからは徐々に列車は高度を上げて行き4000mを越える高地プーナと呼ばれる木々の生えない高原地帯へと入っていきます。アルパカやリャマ、ビクーニャの放牧の光景も遠くに見えたり、氷河を頂く山々が見えたり、まさにアンデス山脈のど真ん中を走っている光景が右左にと見えてきます。
酸素不足で顔全体がほてったような感じで少し水ぶくれしたように思えるかもしれません。眠気と軽い頭痛を感じながら、うつろうつろした時間が続き次第に少しながら下り勾配を走るようになったなと感じていると、間もなくチチカカ湖湖畔のプーノ駅に到着します。
今日の宿泊地はチチカカ湖のほとりプーノです。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-22 00:33 | Comments(0)

7/19(7日目)

マチュピチュの登山口のアグアス・カリエンテスはその名前の通り温泉の沸く秘境です。
マチュピチュを昨日思う存分に堪能して温泉に浸かってゆっくりと骨休めが出来たと思います。
今日は再びインカ帝国の都だったクスコに戻ります。途中の駅からマイクロバスに乗り換えてアンデスの雄大な自然を見ながら帰ろうとおもいます。
高度がまた1000m近く上がっていきます。途中バスから降りて大自然をバックにアンデスの大地を踏みしめながら思い出の写真をたくさん撮ってください。そして夕方クスコに戻って有名なレストランで生のフォルクローレの演奏とアンデスの楽しい踊りを見ながらクスコの夜を楽しみましょう。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-21 12:54 | Comments(0)

「いろいろ聞いてみたいけどブログにメッセージはちょっとね」

とおもっているかたは下記のメールアドレスへ、メールをいただくと返信を送れますので活用し

てください。

ymsk0903@io.ocn.ne.jp
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# by yamasaki0903 | 2006-07-21 00:06 | Comments(0)

空中都市マチュピチュ

3時間近く経過してもバゴーン車はウルバンバ川に沿って下っていきます。車窓の風景はアンデスの高い所を下っていた時とは違って、木々が多くなりシダ類や広葉樹の木々が線路にまで覆いかぶさるように多くなってきています。
まもなく終点のアグアスカリエンテスに到着します。ここはすでに高山ではなくアマゾンに通じる亜熱帯の地域です。
徐々にスピードを落としゆっくりと駅のホームに列車は入っていきました。外気は午前中なのに少しむっとするような気温です。
改札口を出て、両脇に観光客用のみやげ物売り場を抜けて中型のバスに乗り込むと満員になたバスから出発していきます。
ウルバンバ川にかかる鉄橋を渡るとすぐに長い上り坂になり何度も右に左にカーブしながらバスは埃だらけの山道を登っていきます。20分も走りかなり山の上まで登ってきたなと思う頃ようやく終点のマチュピチュの登山口に到着しました。
ここからマチュピチュは見えるのだろうかと期待していましたが見えるのかなと期待していましたが残念ながらマチュピチュの姿はまったく見ることが出来ません。
入山のチケットを購入して細い傾斜の山道を歩いていきます。5分位歩いてまだなのだろうかと焦る気持ちが出た途端、右手前方にとんがり帽子に似たマチュピチュの背後にそそり立つワイナピチュの全景が眼前に広がってきます。そしてその前の馬の背に当たる所にマチュピチュの遺跡が張り付いているのです。
何度もテレビや雑誌で見たマチュピチュのあの風景が何の媒体も介さずに自分の目の前に360度の周りの風景とともに飛び込んでくるのです。
世界中の数え切れない観光地の中で、また多くの世界文化遺産の中で、世界中の人々が一度は必ず言ってみたいという最も人気のあるマチュピチュ。それが今皆さんの目の前に悠然と歴史の1日を皆さんと一緒に時を刻んでいるのです。
黙って全景が見える丘でたたずむのもいいでしょうし遺跡の一つ一つを確認しながらガイドの説明を聞くのもいいでしょう。何の説明も無く自分なりにインカの魂に触れるのもいいでしょう。
マチュピチュは其々に何かを問いかけてくれます。                    
マチュピチュの標高は2400m。クスコよりも約900m低い所にあります。ここでは高山病になることはほとんどありません。

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# by yamasaki0903 | 2006-07-20 23:36 | Comments(0)

7/18(6日目)

エスタシオン・デ・クスコ(クスコ駅)3番ホームに停車しているバゴーン車はマチュピチュへの登山口で終点でもあるアグアス・カリエンテス行の一番列車です。ロングのコートを身にまとった2人の乗務員のセニョリータが湯気が立ち上るカフェのポットをもって社内サービスに来ます。
同じ車両に乗り合わせた乗客は欧米人が大半です。
定刻より15分遅れてゆったりと列車はホームを出て行きます。出発して直ぐにクスコの盆地を登っていきます。しばらく行くと向きを変えて反対方向に進んでいきます。何度かスイッチバックを繰り返しながらやっと街を見下ろす高台まで上った頃、東側の山の端からアンデスの太陽が顔を出して来ます。
峠を登りきった列車は、一気にスピードを増して山すそを縫うように下って行くのです。
その途中からアンデスの氷河の雪解け水が小さな川になり、次第に水量と川幅も広がって沿線沿いの大きな川となって流れていくのです。
ウルバンバ川はマチュピチュの登山口のアグアスカリエンテスをくだり、まだまだ遠いアマゾンへと流れていきます。
私達が乗った列車は途中3箇所の駅でよそから来た列車を連結しながら3時間かけて一路終点まで走り続けます。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-19 20:47 | Comments(0)

7/17(5日目)

インカ帝国の都だったクスコは、今でもアンデスの中心地であり、南アメリカで最も有名な観光地で世界中の人が1回は訪れたいと思う空中都市マチュピチュへ行く玄関口でもあります。
先住民の文化が色濃く残るこの都市は、アンデスの各地から大勢の人たちが集まっています。
昔からの民族衣装を身にまとった女達、生まれた地域の帽子をかぶった人たち、背中には大きな風呂敷に物売りの編み物を入れてもくもくと石畳を歩く婦人の姿。いつかテレビで見た光景が今皆さんの目の前にあります。ここがアンデスの中心地クスコなのです。
街の中心地はプラザ・デ・アルマスと呼ばれる教会前の広場です。500年前スペイン人によって滅ぼされたインカ帝国の神殿は、今教会が建っているところにありました。黄金色に光り輝く神殿は朝日を浴びて神秘的な雰囲気を毎朝人々の心に漂わせていました。
今はその当時を髣髴させるものはありませんが路地に入ると一寸の隙間も無い石垣がインカの高度な文明の上に築かれていたことを知ることが出来ます。
ゆっくりとクスコの町を散策してください。本当にゆっくりとです。クスコは坂の多い街です。ちょっと足早に歩くと心臓の鼓動が高鳴ります。
民芸品売り場もいたるところにあります。路上での物売りもたくさんいます。銀細工や、アンデスの音楽に使う楽器も安いものから高いものまでいっぱいあります。見てまわるだけでも楽しい時間がすごせます。
明日は早朝6:30発のバゴーン車(ディーゼル機関車)が牽く列車でマチュピチュに向かいます。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-19 19:57 | Comments(0)

7/16(4日目)

ペルの首都リマ国際空港は国際線と国内線は同じターミナルの中にあります。
ペルーの各都市へはほとんどどこに行くにしても飛行機で行くと1時間から1時間30分でいけます。
アンデスの都クスコへのフライトも約1時間です。クスコはアンデス山脈の高い所にあるために1日の時間帯の中で午前中が最も気流が安定しているので、午前中に旅行客はクスコに飛びます。
私達も間違いなく今日のうちにクスコに到着しておきたいので午前10:00出発の便で飛ぶことにしました。昨日、注意事項の中で今朝の朝食は軽めにとってくださいとお願いしておきました。
守っていただきましたか?3300mの高地に1時間で上るわけですから体は相当無理をします。極力体に負担をかけないようにするために、胃の中には余り食べ物が入っていないほうがいいのです。
酸素の濃度や気圧が平地の3分の2位ですから体が適応するのに半日はかかってしまいます。
クスコ行きの飛行機はいつも混んでいます。世界からの旅行客が大半を占めていますが、国内のビジネス客もこの便を良く使いますから、クスコに行くにはチケットを取るのが難しいのです。
低く垂れ込めたこの時期のリマの上空へ突き刺すかのように轟音を響かせながら上昇していきます。1500m近くまで上昇すると雲はあっという間に機体の下に広がりアンデスの山並みに向かって雲海を広げています。
始めは南のほうへ向かった機体は海岸沿いの砂漠を眼下に見ながらしばらく飛行します。
山肌も、平地もみんな褐色の大地で時間が動いてないような錯覚さえ覚えます。
しばらくすると翼が左に少しだけ傾き機首が南へ方向転換したのが分かります。行く手には飛行機の高度よりも高くそびえるアンデスの山並みがだんだんと迫ってきます。
白く氷河をかぶった鋭角の山々、点在する大小の湖の色は、二つとして同じものがありません。
山すそに小刀で傷をつけたような細く白く見える線はアンデスの集落と町を結ぶ幹線道路です。
限りなく続く山脈ともう一つずっと先に続くく山脈の間に高度を少しづつ下げながら飛行機が舞い降りて生きます。茶褐色の屋根がやたらと多くなってきました。クスコの町が眼下に広がっています。
怖いくらいに山すそに近づいて旋回をしながら滑走路に下りていきます。山脈の盆地に出来たクスコの街にはこうして危険とも見えるような方法でないとこれないのです。
クスコの空港も国際空港です。ターミナルに近づく飛行機の窓から見える空港の建物は、とても小さく見えます。
ほかの都市から先に到着した飛行機がターミナルに横付けしています。
完全に静止するとすばやくタラップが機首のほうに付けられ間もなく乗客は一斉に通路に立ち出口に向かって進みます。出口の近くまで来ると、スーッと冷たい外気が頬を伝って肺の中まで入ってくるのが分かります。タラップを降りてクスコの台地に一歩を踏み込んだとき、心臓の鼓動にギアチェンジがかかったのを感じる方もいることでしょう。
ここは標高3300mのアンデス・クスコなのです。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-18 21:23 | Comments(0)

昨日は1日ゆっくりと休んでもらいましたので、長旅の睡眠不足による疲れは少しは取れたかと思います。
いよいよ今日からアンデスの旅が現地で始まります。まずはリマ市内の観光に出かけます。
海岸の砂漠の丘の上からリマ市内を一望できる所に行ってみましょう。
南太平洋からアンデス山脈に向かって冷たい風が丘の上を通りすぎます。この時期はカーデガンやジャケットが無いと寒さに耐えられません。
南北に限りなく続く海岸線、対照的に山手に向かって数十キロの砂漠に広がる800万人を超えるペルー第一の都市リマ市。
港から中心部に向かっては近代的なビルが並び大都市の景観があるものの、山手にはびこるように無数の土塀の小さな家々が周りを取り囲むように集落をいくつも作っている。
これはアンデスの山々から降りてきた貧しい人たちが住み着いている集落でプエブロホーベンと呼ばれている。
もともとは地方の田舎で農業を中心とした仕事をしていたのですが、社会の貧富の格差は従来の農業では食べていけないほど社会のひずみが発生して、人々は山を下りて仕事を求めて都市部にやってくるのです。
全人口2700万人の30%が首都に集中しているのですから普通ではありません。そして今日を生きるのが精一杯の人がほとんどで、お金になることは何でもありの考えをする人が大勢いることも知っておかなければなりません。
車で移動しながら信号で止まったりすると、特に子供達がよってきて物を売ろうとします。
頼みもしないのに勝手に窓を拭き始めます。そして車が動き出すとお金を要求します。かわいそうだと思い窓を開けると事故に巻き込まれる危険もありますから必ずロックをしておくことも大事です。
観光でよく行くところは黄金博物館、河野美術館、大統領官邸や、中央官庁の建物が集まっているセントロ地区、近代的な町並みのミラフローレス地区、スペイン統治時代の面影が残る教会プラザ・デ・アルマス、太平洋に突き出た海の上のレストランでの食事などは思い出に残るコースです。
南米の人は昼の食事に最も時間をかけてご馳走を語らいながら食べます。
その食べる量は日本人の倍以上でしょう。特に白人系中南米の人は南ヨーロッパの習慣が色濃く残っていますから、贅沢な食事をします。
私達も海よりのレストランで南米の雰囲気を楽しみながらゆったりと食事をしましょう。
ランチは$15 も出せば思う存分好きなものを食べることが出来ます。
とくにたべてほしいのは、セビッチェと言う中南米風マリネです。白身魚とたまねぎのスライス、にんにくの摩り下ろしにアンデスで取れたレモンの汁をかけたものです。
またジャガイモや、ユカいも、とうもろこし、豊富な果物など選ぶのに困ってしまうほどたくさんの料理が並んでいます。
南米に来たら食べることも楽しみの一つです。
夕方ホテルに戻ってきたら、近くのスーパーに行くとリマ市民の普段の生活観をしることができます。これはお勧めします。
後はゆっくりと部屋で休んでください。
明日は午前10:00出発のフライトでいよいよアンデスの都3300mに在るインカ帝国の都だったクスコに行きます。
ホテルを8:00に出発することになります。朝食は軽めにとってください。そして睡眠を十分とっておくことです。
それが高山病にかからないようにするための大事な条件です。

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# by yamasaki0903 | 2006-07-17 13:38 | Comments(0)

ヤフーとグーグルからアンデスの風のホームページにアクセスされた方へ

下記のアドレスからアクセスをしていただくとホームページの前文が見れます。


http://www.andesunokaze.com/ です。


また。NCC長崎文化放送のホームページからも相互リンクしていますのでお試しください。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-17 02:55 | Comments(0)

到着1日目の過ごし方

7/14 日の朝があけました。ほとんどの皆さんは日にちと、時間の感覚、そして方角が良くつかめてないかもしれませんね。
世界のどこに行っても太陽は東から上がりますが、リマの午前中は雲が低く垂れ込めていて太陽を見ることが出来ません。
一眠りしても体は時差の関係でまだ意識ほど正常に機能してくれません。眠気が残っていたり、だるかったり、疲れが残っていたりと人によってまちまちです。
到着した1日目からリマ市内の観光に出かけても疲れが重なってくるだけですから、今日は予定を何も入れないようにしましょう。ゆっくりと1日を過ごしてください。
いろんな国からの観光客が来ていますが、到着した1日目は大体ゆっくりとすごしています。
ホテルの近くを散策しながらリマにいる雰囲気を味わうのもいいかもしれません。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-16 23:09 | Comments(0)

深夜のペルー・リマ{ホルヘチャベス}国際空港はひんやりとして湿っぽい感じがします。現在南アメリカは冬の気候で乾期に当たります。しかしこの時期の太平洋に面したリマ近辺は雲が低く垂れ込めてどんよりとした空模様が続くのです。
税関での入国のチェックが終わり、手荷物を受け取るといよいよ空港の到着ロビーへと出て行きます。深夜にもかかわらず大勢の人だかりが出口の所で待ち構えています。
この人たちはみんながみんな乗客を出迎えに来た人たちではなく、ホテルの客引きやタクシーの客引き、また何がなんだか分からないような人がたくさんいるのです。
タクシー?、タクシー? と次から次と声をかけてきますがいちいち相手をすることは必要ありません。
私達は待ち合わせのマイクロバスの添乗員の指示に従ってバスに乗り込みましょう。
空港から都心にあるホテルまでは約30分です。
真夜中と言うのに意外と車の多さに驚くでしょう。都心の町は眠りがとても遅いのです。信号は日本ほど多くありません。交差点の左右から入ってくる車は乱暴な運転手が多いので常に運転手は気をつけながら走ります。
中古の車が目立ちます。日本のトヨタ、日産の車がなんと多いことか。この国は車の排気ガス規制が無いので都心に行くに従って道路沿いの空気はあまり綺麗ではないのです。
予定しているホテルはポスタル・インカ ホテル。3つ☆のまあまあのホテルです。真夜中でもちゃんと風呂のお湯が出るホテルですから長い旅行のあとの湯船の風呂は気分をすっきりさせてくれます。
其々カウンターで手続きを済ませてボーイの案内で部屋に入ってください。
明け方7時から1階のレストランで朝食が取れます。30数時間ぶりのベッドでどうぞゆっくりと疲れを癒してください。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-16 16:15 | Comments(0)

アトランタ空港を飛び立ったペルー行きのデルタ航空714便は、メキシコ湾からカリブ海を抜けてパナマ上空を通り太平洋へでています。窓から見えていた夕日はいつの間にか消えて真っ暗闇の中を南へと飛び続けています。
機内食はどうも食欲が進まずに、フルーツだけを口の中に入れただけです。動きが制限される飛行機のたびでは、始めのうちは機内食も楽しみですが、食べてばかりいるようで3回も4回も数時間おきに出てくると飽き飽きしてきます。しかし水分は時々取ったほうが体にはいいはずです。だから常にテーブルのコップの中にはミネラルウォーターを持っておくことをお勧めします。
ラテン系の人たちはおしゃべり好きで言葉は分からないと思っていても良く話しかけてきます。
こちらも知っているだけのスペイン語と英語をごちゃ混ぜにしながらでも話をすると意外と通じるものです。
眠気がかなり来ています。それもそのはずアトランタを飛び立ってすでに5時間が経っています。
外はもちろん何にも見えない暗黒の世界です。ジェットエンジンの音だけが力強く聞こえてきます。
機内のモニターに時々映し出される飛行ルートは、南米大陸の太平洋沿岸に沿って南下をしています。
ガラパゴスとエクアドルの海岸を結ぶ所ですから丁度赤道辺りを飛んでいることになります。
西経80度の子午線を南下しています。日本との時差が14時間あり、元に戻っていますから、
現在の時間は7月13日午後10時30分を過ぎたところです。
成田を経ってからもう20時間が経過しています。其々出発した各地から数えると30時間は経過していることになるでしょう。疲れもピークに達している頃です。
結局眠ることが出来ないまま機体が、まもなくペルーの首都リマの国際空港に到着しますのアナウンスにベルトを締めることになりました。
高度を下げている機体は雲の中に入ったみたいで、ゆれが少しでてきました。急に窓の外に広がるだだっ広い夜景が窓から飛び込んできます。機体はペルーの上空に入っていました。
町の明かりが次第に大きくなり進入灯の青いランプの真ん中に吸い込まれるように高度を下げ、間もなくゴトンと言う音とともに機体は滑走路に車輪を下ろしました。逆噴射の轟音が機内に伝わり少し前のめりするほどスピードがゆるくなっていきます。
ここは皆さんも始めて足を踏み入れることになる南米大陸の空の玄関ペルーの首都リマに到着したのです。
時間はすでに真夜中の0時30分を回っています。日にちはまだ7月14日になったばかりです。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-15 23:47 | Comments(0)

7月13日(アメリカ東部時間)
アトランタ到着2時間前にもう一度機内食が配られるというアナウンスに目が覚めた方も多いと思います。窓側のブラインドを上げて外を見ると眼下にはアメリカ中部の広々とした大自然が広がっています。
あまり進まない機内食をついばみながら時々窓の外を見てもだだっ広い大地は行けども行けども同じような風景が続くだけです。それでも目的地のアトランタ空港へ向かって飛んでいるのは間違いなさそうです。座席のスクリーンに映し出される航路は着実にアメリカ大陸を西から東に進んでいます。
機長のアナウンスがまもなくアトランタに到着することを告げます。機体は徐々に高度を下げていることが実感できます。放物線上に延びた郊外の住宅地が眼下に見えてくるとまもなく飛行機は着陸態勢に入って、一気にランディング。
アメリカ合州国ジョウジア州アトランタ国際空港に到着です。
時刻はアメリカ東部夏時間で、7月13日午後4時を回ったところです。
トランジットでこれからペルーへ向かうには、一旦身柄だけアメリカの税関を出て出発ゲイトに向かわなければなりません。
待ち時間は1時間30分足らずです。少し気持ちが焦りますが、出発ターミナルは同じ建物の3階の1番ゲートなので乗り遅れる心配はありません。
1階の税関を出てエレベータで3回の1番ゲートに向かいましょう。
優に10分は歩きます。一番東側がペルーへ向かうゲートです。今までの雰囲気とはもう全く違ったラテン系の匂いとスペイン語の会話に変わります。
機内への案内もスペイン語に始まり次に英語でのアナウンスです。
アメリカにいながらここはもうアメリカの雰囲気はありません。すでに南米にいるような錯覚になっていることでしょう。
7月13日午後5時30分、一回り小さくなった飛行機は7時間の予定で南米ペルーへ向けてアトランタ空港を飛び立ちました。
日本を出発してからすでに15時間が経過しています。
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# by yamasaki0903 | 2006-07-14 22:40 | Comments(0)