「被爆柿の木」・「4校目の学校建設」 について

アンデスの風、HP,BRGにいつもアクセス戴きありがとうございます。
「被爆柿の木」の植樹活動を通じて世界平和、原爆許すまじの活動をされている人たちの事を皆さんご存知でしょうか。広島、長崎に居住されている人たちはお聞きになった方が多いかと思います。

昭和20年8月9日、長崎市浦上上空に投下された1発の原子爆弾で一瞬にして7万人以上の方々がなくなりました。その後70年間に直接被爆者の方で亡くなられた人が7万人以上いらっしゃいます。
これまでに15万名以上の方が一発の原子爆弾のために命を落としています。
広島にあっては長崎の倍以上の方がなくなっています。

原子爆弾で被害を受けたのは人間だけではありません。すべての生き物が原爆投下によって焼け死んだり
被爆の影響を受けながらも何とか生き延びてきました。このような中で原爆投下中心地から1kmも離れていないところにあった1本の柿木も原爆によって大きなダメージを受けましたが、かろうじて生き残りました。
原爆投下後長い間この柿木は実を付けることがなく、毎年少しずつ木の勢いがなくなっていましたが、持ち主の献身的な施しと樹木医の方の施しで勢いを取り戻し、再び秋には沢山の柿の実を着ける様になって甦ったそうです。それ以降この柿の実が付ける柿の種を畑に植えて、数年間かけて苗を育て、この苗を日本はじめ世界の各都市に植樹を行い、平和を訴え原爆廃止の活動を続けている方がいます。

樹木医の海老沼正幸さんです。海老沼さんは長崎市内にある山王神社の片足鳥居の山門に植えてある樹齢百数十年にもなるクスノ木を蘇らせた樹木医として有名な方です。近年歌手福山雅治の「クスノキ」で有名になったあのクスノ木です。
また、被爆によって学童と先生のほとんどが即死した原爆中心地から西へ500m行った所にある城山小学校の「嘉代子桜」を蘇らせた方としても知られています。この桜は原爆投下時に学童動員として学校の外で仕事をしていて被爆し、その後亡くなった林嘉代子さんをしのんで植えられた桜の木でしたが、風雨にさらされて枯れかかっていたこの木を海老沼さんの力で蘇らせたことで有名になった桜の木です。

樹木医、海老沼さんは、3月中旬からイタリア、ポルトガルに「被爆柿の木2世」の植樹で渡航されます。

海老沼さんには数年来、アンデスの風の支援活動とインカニャンの音楽活動に家族の皆さんで強い関心を持っていただいています。昨年からは特に支援活動についての情報交換を密に行ってきました。
2018年5月に照準を置いて、私にとって4校目になる南米アンデス高地への学校建設に歩調を合わせていただき、中南米では初めてになる「被爆柿の木2世」の植樹を同時に行おうという企画を作って頂きました。

21世紀を担う子供たちのへの教育環境整備支援活動と、非人道的な被爆2世の遺伝子を引き継いでいる被爆柿の木の植樹活動を同時に行う事で、平和の尊さを唯一の被爆国から訴えて行こうというものです。
既に、この活動の合体については数社のメディアの関心となり、先月から大まかな情報の提供と今後の取材等の進め方について交渉を行っています。
樹木医、海老沼さんが4月上旬にヨーロッパから帰国されるのを待って徐々に具体的なことが決定されていくと思います。
アンデスの風のブログにおいてもアクセス戴いている皆さんには、一般の方よりも早く情報を流していきたいと思っています。
昨年まで以上に4校目の学校建設については皆さんと一緒に実現へ向けて活動を進めて行けたらとてもありがたく嬉しいです。ご協力ご支援をお願い申し上げます。


(続く)
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by yamasaki0903 | 2017-03-07 17:31 | アンデスの風支援基金のページ | Comments(0)  

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